道原楽之縁起

抑々此の楽と申し古へ 貞永弘治の頃
大友義鎮入道威勢隣國に振る舞し時
爰に一城あり 兵少なく兵糧乏しく
大友の諸軍勢是を囲み
既に危うく見えし時城主士卒に命じ
城上に旌旗を翻し音楽を為す
時に大友の大軍鉦鼓の音 管籥の声を聞而
感心して囲を解き軍を止めて退く
之に依りて城兵の危き場を遁れ命助かれりと云う
此の楽を道原に伝而牧童野伏の遊事となれり
一年旱魃有りて五穀不実 諸民苦しむ
爰に農民 此の楽を執行して天に向って祈る
天忽ち感應有りて瑞雨下り五穀成就す
亦其後 旱魃の時例に依りて川邊に集まり
此の楽を奏する毎に感應有らんと云うこと無し
諸民の悦び限りなし
今之楽庭是也 是より折々旱魃或いは虻蝗虫難の時
是を執行して奇瑞あらんと云うこと無し
是偏に太平楽の奇特也
天の感應ましまして乃ち此に応えありて
五穀成就請雨祈穣諸民快楽の祈祷なるべし
依而村老の遺言として筆し印し置くもの也と

敬白
昭和の道原楽5 昭和の道原楽7 昭和の道原楽3 昭和の道原楽7